2010年01月21日

隅におっても匂わす

匂わすのが得意な打越っさんです。

「匂わす」とは、まさに存在感、であります。

「存在感」とは、
やたら大きな声を出す必要のないものであります。

気付かれ難いという短所はあります。

しかし、分る人には分かる。

「臭う」と「匂う」には違いがあります。

「臭う」とは、人間が持つ抗いきれないもの、
それを煩悩というのなら、

「匂う」とは煩悩になんとか抗おうとする心の在り様、
と言えるかもしれません。

抗いながら、抗いきれず、
だからこそ人間である・・・それでもなお、仄かに匂い立つ、
そんな人間になりたいと思います。

で、打越っさんは・・・

スミにおっても

時代を動かすような匂いあんねんやろな


これは彼の心意気であります。

たとえそれがリアリティのないものだったとしても、

彼の心意気と僕の心意気は同調する。

時代を動かすような人間ではないけれど、

ひとりひとりの小さき力もやがて、大きな力となる、

それを信じるからこそ、知らん顔はできない。

匂わしながら、出切る事をひとつずつ。

出来る量が増えれば、匂いたってもくるだろう、

その匂いに誘われて集まる人も増えるだろう、

匂いと匂いが反応しあいもするだろう、

生きる・・・つまり死んでいくこととは、

こういうことの繰り返しなのかもしれません。

人間は、関係しあってこそ人間・・・

ならば「臭う」よりも「匂う」を。

匂いあいましょう^0^




posted by ふう at 13:48| 大阪 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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